北九州に住む主婦のブログ(暇な女子大生が馬鹿なことをやってみるブログ)

暇を持て余した佐田清澄が欲望の赴くままにしたためています。

暇だからトレンディなエンジェルに祝福されてきた

「大丈夫?顔色が悪いよ」

 

「え?…あ、大丈夫です……すいません」

気が付くと守衛さんが心配そうにわたしの顔を覗き込んでいた。

 

朝8時半のテレビ局は閑散としたものだった。担当のディレクターさんをビルの入り口で待つ間、側にあった姿見で自分の顔色をチェックする。青白く不安げな顔がこちらを見つめ返していた。

 

コメダ珈琲に詳しい人を探している。うちの番組にぜひ出演してほしい」とCBCテレビの社員からメールをもらったのは7月の終わり。それから1ヶ月間、何となく心の準備はしていたものの、いざ『今からテレビに出る』と考えると不安と緊張が収まらない。

 

迎えに来てくれたのは、『テレビマン』のイメージと180度異なる『おかあさん』みたいな人だった。名古屋では『おかあさん』みたいな人もテレビ局で働くのか……?と不思議に思いつつ、「ザギンでシース―」的な人じゃなくて良かった……と安堵した。

 

おかあさんは予定の時間より30分も早く着いてしまったわたしに少し微笑みながら楽屋へ案内してくれた。

 

そこは楽屋というよりは大道具置き場だった。様々な舞台装置がそびえ立つ広い部屋の真ん中に机がぽつんと置かれており、それを囲むように椅子が8脚ほど並んでいる。

 

「こんな楽屋ですみません…。ここで時々『3分クッキング』を撮影したりもするんですよ」と、おかあさんが指すほうへ目を向けると、確かに電子レンジや流し台など「っぽいもの」が置いてある。

 

机の上にお菓子と共に並んでいた「ミニッツメイド 朝マンゴー(ゼリー飲料)」をすすり、緊張で小さくなった胃に少しずつ養分を送っていると、出演者の一人である大竹敏之さんがやってきた。

 

大竹さんは『名古屋めし』『名古屋の居酒屋』『名古屋の喫茶店』など名古屋のグルメに超詳しいフリーライターの方で、名古屋発祥のコメダ珈琲のことも何度も本で取り上げている。

 

「あー、このアイコン見たことある。あなたが『暇な女子大生』なんだね!」

 

と渡した名刺を見て笑う大竹さん。名刺を見るまでわたしをスタッフだと思い込んでいたらしい。

 

本番前にかなり時間があったので色々とお話をしてくださったのだが、彼は何とあの『タモリ倶楽部』に出たことがあるのだという。それも名古屋のグルメについてではなく、『コンクリート』の企画で出演したとか。

 

タモリさんがコンクリートに興味を持ってくれなかった……」

 

と哀しそうに語る大竹さんを見て『そんなエピソードを持っていて羨ましい』と感じると同時に『大竹さんはどうしてコンクリートになんか興味を持ったんだろう……』『やはりそのくらいの境地に達している人でないとあそこには辿り着けないのか』と、自分とタモリ倶楽部との間に高い高い壁を感じた(出たい)。

 

わたしたちがこれから出演することになる「中部日本 コメダ検定」は、コメダ珈琲に関するいくつかの問題に「早押し」や「パネル」で答えるクイズ番組だ。

 

「何が出るんだろうなあ……全く予習とかしてないけど、まあ大丈夫かな」と呟く大竹さんの声を聞いて、イヤな予感が胸を横切った。

 

コメダ珈琲の営業の方や、テレビマンっぽいテレビマンの方々との名刺交換も済み、いよいよスタジオに入る。音声さんがマイクをつけにきたが、わたしが着ていたワンピース……一張羅のワンピースには、ポケットも無ければベルトもついていなかった。

 

声を拾うためのピンマイクをクリップで胸の辺りに挟まなければならないのだが、それと一緒に「スーパーファミコンのACアダプタみたいなやつ(重さと大きさほぼ同じ。名称は不明)」をポケットやベルトの後ろの方など、見えないところに入れて持ち歩く必要がある。

 

音声さんが代わりのベルトを取りに行って戻ってきてくれた頃、MCや他のパネラーは皆スタンバイしていた。『このスタジオの中で一番アウェイ且つ下っ端な自分が全員を待たせている』と思うと、いつもの「爆発して粉々に散ってしまいたい欲」が湧き上がってくる。

 

急いでスタジオに入り「佐田清澄さん」と書いてある席に向かうと、「最初に芸人さんたちだけでオープニングを撮るので下がっていてください」と言われた。急いで爆破スイッチを探したが、そこには煌々と照り輝く真っ白なフロアと明るいセット、華やかな芸能人、洗練されたテレビマンがいるだけだった。

 

テレビマンと絶対に目が合わないように注意しながら影に隠れる。

 

ようやく回答者席に座れたという時、「『佐田』さんの読み方って、『さた』ですか?『さだ』ですか?」とMCに聞かれた。「濁点のつくほうです」と彼の胸の辺りを見ながら答える。目を合わせることなどできない。

 

M-1グランプリ2015のチャンピオンと目を見て話す勇気など、お笑いマニアの自分にあるはずがなかった。

 

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『斎藤さんだぞ』

『斎藤さんがこちらを見ているぞ』

という心の中の声を振り払う。冷静になろう。冷静になってこの番組で優勝し、コーヒーチケットを東京に持って帰るんや……

 

優勝賞品はまだ発表されていなかったが、十中八九コーヒーチケットだろうとあたりをつけていた。

 

左後方より「ねえ、昨日名古屋入りしたの?」との声が飛んできたので思わず「はい」と言いそうになった。その瞬間 斎藤さんが「そうだよ。お前は?」と真っ直ぐ声の主……パンサーの尾形さんのほうを見て答えていた。

 

『なんで芸人さんが自分なんかに話しかけていると思っちゃったんだろう』

 

トレンディエンジェルとパンサーが楽しそうにお喋りをしているのを見て唇を結び直す。

『素人の出しゃばりが一番嫌われる…』『素人の出しゃばりが一番嫌われる…』

自分を洗脳するように何度も繰り返し、無駄な発言や失態を絶対に犯さないようにしようと心に誓う。

 

リハーサルの時に斎藤さんが間違えてわたしのことを「阿部さん」と呼んだ(アシスタントの女子アナが「阿部さん」だった)時も全力で傷ついていないフリをした。

 

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『仮面を被っていてよかった……』と心から思う。わたしが普段仮面をつけているのは、親や地元の人たちに顔がばれるのがイヤだからという理由もあるが、「目の前の人間に自分の心理状態を暴かれたくないから」でもあった。

 

どんなに哀しくても、恥ずかしくても、傷ついても、無表情でいればバレずに済む。そうやって何とか強い自分を守ることが、中学1年生の時から肌身離さず持ち続けていた自己流の「他人に付け入れられないコツ」だった。

わたしの自尊心やプライドは今、ペラペラの画用紙1枚によって保たれている(あるいは保たれていると思い込んでいる)のだ。

 

収録が始まって、コメダ珈琲のコンセプトやメニューに関する問題が次々に出てきた。

5問目を超えたころ、わたしのイヤな予感は現実のものとなっていた。

 

ヤマが、当たりすぎるのだ。

 

“クイズに関しては基本的に、すでにコメダ珈琲
公式に発表しているものや公式にいえる問題からの出題となります
収録まで、少し勉強をしておいていただけると助かります。
基本的なメニューや、歴史など。”

 

とのメールの指示に、わたしは素直に従った。

 

素直にコメダ珈琲のホームページやウィキペディアに書いてあることを全部暗記してしまったのだった。

クイズを考えた人(コメダの営業の人)も、どうやらホームページとウィキペディアから問題を作ったらしい。

 

そこにいた誰もが最初は「優勝は変なシロノワールのお面をつけたイロモノ女ではなくまともな大竹さん」と思っていただろう。または、大竹&暇女の接戦でパンサーが時々ボケる……という構図を予想していただろう。

 

まさかイロモノ女がパンサーにボケる隙を一瞬も与えぬまま早押しで正解を出し続けるとは思っていなかったのではないか。

 

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ちょっとちょっとぉ~、俺たちの活躍の場がないじゃないですか~!」と騒ぐパンサー尾形氏。向井さんはなんかヘラヘラしている。ニヤニヤする菅さん。わたしがこんなに予習していたとは知らず焦りを見せる名古屋代表の大竹さん。

 

『これは……これはきっとテレビ的にあまりよくないやつや……』と思った自分はそこからちょいちょい「パンサー待ち」というテクを繰り出すことにした。

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パンサーがボケるのを見届けつつ、それでも大竹さんに点数をリードされないようギリギリのバランスで回答しつつ、うんちくをたくさん披露して視聴者にコメダ珈琲の魅力を伝える……(この番組の目的はクイズではなく、コメダ通が回答と共に発するうんちくにより、もっとみんなにコメダのことを知ってもらう…というものだった)

 

そういった重圧を勝手に沢山しょい込んでしまったせいか、それとも明るすぎる照明に目がくらんだのか、だんだんと意識がもうろうとしてきた。

 

よどみない進行を続ける阿部アナウンサーの声を聞きながら、わたしは前日の夜に家に泊めてくれた友人『みさとちゃん』のことを考えていた。「出演、頑張ってください!」とCBCテレビの前まで送ってくれた彼女は今頃オフィスで働いているのだろう。

 

いま自分が見ているこの世界は、きっと夢だ……。明るい照明、輝く斎藤さんの頭部を見ていると、普段の生活とかけ離れているせいか夢の中にいるような気分になる。現実味が……まるで感じられない。

 

「佐田さん…大丈夫ですか?」

「佐田さん…どうしたの?誰かに追われているの?」

 

斎藤さんのつぶらな瞳が目に入る。

 

最初は『疲れているんだろうな……斎藤さんの目……死んでいる』と思っていた、あの焦点があやふやだった瞳がまっすぐこちらを見つめていた。

 

「すみません……本当にごめんなさい」

 

「謝らなくて……いいんだよ、佐田さん」

 

「自分を追いつめることは無いんだ」

 

斎藤さんの真黒な瞳に吸い込まれたわたしの脳内に現実とも夢とも分からない声が聞こえてくる……

 

「誰にも気を遣う必要はないんだよ。もっと自由に生きていいんだよ……罪悪感を感じなくていい……自分の話したいことや書きたいことをもっと自由に表現するんだ……」

 

「……はい……」

 

何かから解放されたような気持になった。わたしは今まで囚われていた「世間からどう思われるのか」「好感度」「しょうもないプライド」などのしがらみを斎藤さんという影を借りて取り払ったのだ。

 

そこからは自由にボケたり突っ込んだり笑ったり笑われたり困ったりdisったりして番組を楽しむことにした。周りの目なんか知らねえ 俺はコーヒーチケットが欲しい……そして芸人さんたちにこのチャンスを借りて盛大にウザ絡みしたい……炎上とか知らねえ

俺は生きたいように生きる

 

“佐田さま

今日の撮影本当にありがとうございました。
盛り上がってよかったです。
そして、佐田さん、本当にいろいろお勉強してきていただき
ありがとうございます。

佐田さんのキャラがエッセンスになり
番組サイド的にはだいぶ救われました。
本当にありがとうございました。

 

そして、優勝できてよかったです。”

 

 

テレビマンっぽいテレビマンから、「コメダ検定、好評だったので再放送することになりました」と先日メールが届いた。

 

優勝賞品のコーヒーチケット1年分……の金額が入ったプリペイドカードをゲットしたわたしはほとんど毎日コメダ珈琲に通い、「いつもありがとうございます」と店員に言われながら、順調に太り続けているという……。

 

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