それはのどかな日曜日の朝だった。空はどこまでも晴れ渡っていた。窓を開ければ爽やかな秋風が部屋の中を通り抜けた。
「ピンポーン」
突然のチャイムの音に驚いた。やれやれと腰を上げる。『また宗教の勧誘か・・・?』日曜の午前中にやってくるのは大抵宗教の連中だ。追い返そうとインターホンを取る。
「どなたでしょう」
「警察です」
・・・とうとう来てしまった。ついに私もお縄頂戴か・・・ 田舎のお父さんになんて言おう?もうすぐ姉の結婚式もあるのに。晴れ姿も見ることが出来ないとは・・・
しかし私は考えた。刑務所に入れば誰にも邪魔されることなく大量の本が読める。食べ物だって結構美味しいとホリエモンの本に書いてあった。
悪くない。
私はドアノブに手を伸ばそうとした。
いや、待てよ。
私は引き返した。部屋の真ん中に突っ立って考えた。
行けない。行ってはならない。
理由は二つだ。
ひとつは「『やりすぎ都市伝説』を見なければならなかった」からだ。
私はかなりの都市伝説マニアだった。ミスター都市伝説こと関暁夫の本も所有している。その日は前回の都市伝説スペシャルの再放送が数時間にわたって放送されていたのだ。いくら警察が来たからといって「関がロシアに落ちた隕石の跡を取材しに行く」という大プロジェクトの模様を見逃せるはずなどなかった。
もうひとつは「罪を犯した覚えがひとつもない」からだ。おかしい。私は何も悪いことなどしていない。確かに小学生時代友だちの新品の縄跳びが羨ましいあまりに鋏で切ってしまった。高校時代男友達に借りた教科書に鉛筆で落書きしまくった。先日もバイト帰り道路の上に落ちていたお金を交番に届けずズボンのポケットにねじ込んだ。でもそれだけだ。
拾ったお金はほんの小額だったし、二人の友だちも許してくれた(と思う)し
しかし警察に応じないとなると潜伏中の新興テログループの一味と間違われるかもしれない。それにミスター関の動向を伺うより警察と絡む方が何かと面白そうだしブログのネタにもなりそうだったので結局ドアを開けた。
そこにはこち亀の寺井のような圧倒的脇役感のある眼鏡男性が立っていた。若干がっかりした。
寺井は「オレオレ詐欺に気をつけろ」と20代前半の女子大生に言って聞かせた。まさか私がオレオレ詐欺に引っかかるとでも思うのか。「オレオレ」って言われたって思い当たる男など周囲に全くいない。息子もいなければ弟も恋人もいない。悲しいが田舎のお父さんが私に電話をかけることはほぼ無いに等しい。電話口で「オレオレ」なんて偉そうにほざく男にはもしも知り合いであったとしても「うるせーばかやろー、名を名乗れ!」と反射的に言ってしまう私である。
寺井はごそごそと書類を取り出して「これにお前の個人情報を書け」と言ってのけた。緑色の紙には「巡回連絡カード」と書いてある。緑色の紙が入っていた茶封筒には笑顔のピーポくんのイラストが載っていて多少ポップな雰囲気を出している。
これは何ですか?と聞くと事故や震災が起こった際、家族に早急に連絡するために書いておくと安心なカード、ということだった。私はどうもおかしい、と思った。こんなカード書かせるために警察が一人一人の家にまで訪問するのか?と。
「本当に私たちのためにこのカードはあるんですか?本当は警察の方で私たちの個人情報を一括管理したいからでしょう?何か国家のためにこの情報は使われるのでしょう?私たちは結局あなた方の掌の上で騙されながら生きていくしかないのでしょう?」と私は「やりすぎ都市伝説」の影響を受けまくっている者として最大限の猜疑心を振りかざし質問攻めた。
寺井は若干面食らっているようだった。「いや、あのですねこれはですね・・・」
都市伝説を心から信じる私にとって警察=国家は敵でしかなかった。さしずめ私も新興テログループと大して違わなかったということだ。
寺井は私に必死の説明をする間ちょいちょいトランシーバーから流れる仲間の声に応答していた。何分も寺井の相手をするのにも飽きた私は早く関のロシア取材の様子を見たくて仕方がなかった。私が部屋に入りたそうにしているのを見て寺井はさらに焦った。
「今すぐ書いてくれますか?数分後取りに来ますから」寺井はそう言うが私は警察に情報を渡すことを迷っていたため、ネットでもっと巡回連絡カードのことを調べた後に提出するかどうか決めると告げた。寺井は「そうですか・・・」と諦めたような顔をして、私の隣人にターゲットを移した。
ネットでむにゃむにゃと調べるとどうやら巡回連絡カードはそんなに危険ではなく、むしろ安全で、出さないと新興のテログループの一味と間違われるかもしれないということを知り早速記入して自転車で近くの交番まで持って行った。
今まで私は交番に入ったことなどなく、近くを通る時は絶対に警官と目を合わせないようにするくらいのチキンなので踏み入れるその足は若干震えていた。
机の上の書類に目を落としていた警官(少しかっこいい)は私に気づくと、「あ、こんばんはー☆」と明るい女子学生のようなハイトーンボイスを出した。
「あの・・・カードを持ってきました」
「あ、どうもありがとねー☆」
私の緊張を知ってか知らずかものすごくフレンドリーっぽい対応をする警官。でもフレンドリーなフリをするのが少し下手である。普段凄みを利かせることが主なので接客が多少不慣れなようだ。警察には「営業」のような担当の人を入れた方がいいように思うのだが。
「じゃあこの担当者に渡しとくねー☆」と言いながら警官は「担当者欄」に書かれた寺井の本名を見てプッと吹き出したので私は「寺井ってこの交番の中では鼻つまみ者なのかな」と思ってちょっと可哀相になった。そういえば寺井は何日も風呂に入ってない奴独特の体臭がしていた。警察内にもいじめはきっとあるのだろうなあ。
別の日のことなのだが、私は自動車免許の更新日を3ヶ月も忘れるという暴挙を犯していた。更新するために必要な書類等々を聞くため警察署に入ることにした。HPを見れば済むことなのだが、警察署に入ってみたいという気持ちがあったのと、ブログのネタになりそうだという思いがあったので行ってみた。
警察署の入り口には真っ赤な墨汁で大きく「歓迎」と縦に書いた紙が貼ってあった。その文字を暫く見つめた。歓迎の文字と中にいる怖い顔のオジサン連中を見比べる。
とりあえず自動ドアから署に進入してみた。自首してきた逃走犯に間違われたらいいなあと思ったが、私はどうみても無垢な子どもだったので無理だった。
総合受付みたいな窓口にいた爺警官に「自動車免許の更新が・・・」と告げるとじゃあ交通課ね!と回された。警察署内でジジイからジジイへと次々にパスされていく。
え、更新日過ぎちゃったの~駄目だよ~とジジイ独特のライトな叱り口調で叱られた。「更新するまでは、絶対に運転しちゃ駄目だよ!絶対だよ!」
凄みを利かされた。怖い。どうせ車なんか持ってない。運転しようがない。
やっぱり警察ってちょっと怖いなーと感じた。
青島刑事みたいに営業サラリーマン上がりの警官がもっと増えたらいいなーと思う。
あ、青島俊作役の織田裕二と、室井慎次役の柳葉敏郎は無茶苦茶仲悪いらしいですよ。
信じるか信じないかは貴方次第です。