あたしは某医科大に通う21歳。
顔は可愛い。小動物系。かっこいい彼氏もいる。
医師の免許取っちゃえば将来金に困ることなんてない。そんなことは百も承知だけど、今はフツーの女子大生っぽいこともやっといたほうがいいのかなーってノリで電器屋でバイトしてる。
上司はクズだし、同僚もクズのフリーター。
マナー悪い客もいて毎日鬱かも。
でも携帯売る仕事ってマジ時給良いし自分の知識にもなるから何となく続けてる。物分りの悪い情弱市民に最新マシンの使い方を教えるのって自分が偉くなった気がして結構気分良いし。医者になる前にこういうダルい仕事してあげてもいいかなって感じ。
雨の冷たさが辛い今日の夕方、あたしは超厄介な客に遭遇した。
そいつは店の中にいても超浮いていた。
目立たな過ぎて逆に目立ってる。
ぼっさぼさの黒髪、フレームのないビン底みたいな分厚い眼鏡、幽霊みたいに青白い顔、若干太い足、安っぽい洋服・・・
『ダッサ・・・』
何となく近づきがたくてしばらく眺めてたけど、その女は誰かに声をかけてほしいのか周りをチラチラ見てる。
パンフレットを片手に、たどたどしい手つきでiPhoneの画面を操作していた。
『ハア・・・』
仕方ない、と重い腰を上げて近づいた。
『あのう・・・iPhoneお探しなんですか?』
ビクっとしたその女がビン底眼鏡の奥から神経質そうにあたしの顔をチラ見する。
「あの、Androidが壊れてしまいまして・・・」
安そうなカバンから取り出されたその携帯電話はボロボロで、本体の裏にはマクロスとかいうアニメのステッカーが貼ってあった。
『オタクかよ・・・』
iPhoneの素晴らしさをマニュアル通りに教えてあげる優しいあたし。説明してやってんのにダサ女はちょいちょい質問を挟んでくる。黙ってろよ。ていうかここまで細かく説明してあげないと分かんないとかどんだけアタマワルイの。
32GBも使わねーと思うよ?5sなんか持ってても使いこなせないでしょ?あんたには5cで十分。
適当に誘導してあげるとやっと「安いから」という理由で5cにすると決めたダサ女。今度は色をどれにするかすげえ悩んでる。ふう。
「んーどうしよう・・・本当にどうしよう・・・」
「まあ、どの色を選んだとしても、最近は皆さんケースつけられるので意味ないと思います(ニコッ)」
「でも私、ケースつけないんで・・・」
「あ、そうなんですかー^^(ケース代ケチる奴っているよね~)」
料金プランを説明しても「え?!学割ないんですか?こう見えて私、まだ女子大生なんですけど!!」とか言ってる。恥ずかしいなこいつ。
補償代までケチろうとしてるし、オプションも全部「いらない」。アプリも全然取ってない・・・って、あんた女子大生ならアプリくらいインストールしろよ!なんのためのスマホやねん。
こいつかなりの情弱だな、と踏んでニヤっと笑い、こう言った。
「iPhoneに機種変されるお客様のために『サポート』というサービスがありますが利用されますか?Apple IDの設定やアプリダウンロードを私たちの方でさせて頂きます」
これは主に高齢者をターゲットにしたもので、とりあえずの初期設定をやってあげるというだけのもので9000円も取るぼったくりサービスなのに、それだけの金を払っても自分じゃ設定するのは面倒だという客が多いので笑える。ま、こっちにとっては美味しいからいいんだけど。
「それ・・・お金かかるんですか?」
お前の心配事はいつも金だな。
「はい。全て込みで9000円になります^^ニコッ」
目の前の女の顔が凍りつくのが分かる。
「あの・・・私は大丈夫です」
ほんとかよ。
契約書にサインしてもらう・・・年齢を見て驚く。私より年上だったのかよ!ていうかお年頃なんだからちっとはメイクくらいしろよ!中学生と言われても分かんないくらいだよ!
電話帳を新しいiPhoneに移すのにやけに時間がかかった。お前みたいな女どうせ友達なんかいないだろうし、一件ずつ手でメアド打っていけばいんじゃね?とは勿論言わないけど、流石にイラつく。
本当はバックアップにかかるアプリのダウンロードとか全部「サポート」のサービスに含まれるのに、この女が本当にモタモタしてるし事が進まないので代わりにやってあげた。心の中で舌打ちをする。何でタダ働きなんだよ。今日は6時上がりなんだけど、この調子じゃ残業になるかもな・・・
画像(曇り空とかしょうもない写真ばっかり)移せだとか、ラインのデータを移せとかなんやかんやでうるさいダサ女。
『はいはい・・・』
この女に2時間半もかかっている。
「前の携帯でブックマークしておいたサイトとかありますか?」
「あ、はい・・・『暇な女子大生が馬鹿なことをやってみるブログ』っていうやつなんですけど・・・」
『はあ!?何それ・・・』
タイトルを聞いてちょっと笑ってしまった。女に気づかれてしまったようで気まずい。話を誤魔化そう。
「お友だちのブログか何かですか?」
「あ、いえ・・・私が書いてます」
「あ、なるほど~^^(キモッ) 面白そうですね~今度見てみてもいいですか?(絶対見ねーけど)」
「あ~いや・・・あはは」
何照れてんだよ・・・心配しなくても見ないよ・・・
やっとその変な女は帰って行った。
ところが30分後またその女がフロアにいるのを見つけておののいた。
どうやらApple IDの取得の仕方が分かんないようでスタッフに図々しくも聞いている。9000円は絶対に払いたくないらしい。どうにかして無料で初期設定の仕方を聞きだそうとする必死な女子大生(年上)を見てため息が出た。
『ああはなりたくないなー・・・』
やっとその日の業務を終えて彼氏と同棲中のアパートへ帰る。
料理を作る彼の後姿を見て惚れ惚れする。あたしも彼も将来医者になって、二人して稼ぎまくって、結婚して、子供沢山作って・・・
約束された未来を想像するとどうしても顔が自然にニヤけてしまう。
夕飯が出来るのを待っている間ヒマなので、彼氏が開けっ放しにしていたノートPCでネットサーフィンする。何の気なしに「履歴」というコマンドをクリックしてみる。エロいサイトとか覗いてたりして・・・?
「アマゾン」や「iPS細胞」のページと共に「暇だから下の毛を剃ってみた」というページタイトルが目についた。
「何これっ!!!」
慌てて矢印を合わせクリックすると、はてなブログに飛んだ。「暇な女子大生が馬鹿なことをやってみるブログ」という文字が浮かんでいる・・・
無心でページをスクロールする。今日店で見たあの女の容貌からは想像もつかないようなえげつない記事だ。
「ご飯出来たよー」
彼の声にハッとして振り向いた。気がつくとブログ内の全ての記事を読んでしまっていた。
「今行く」
あたしは今日見たものを全部忘れて幸せな彼との生活に戻るため、ノートPCをバタンと閉じた。