(一部 敬称略)
先日、お笑いマニアの男2人と一緒に有楽町のニッポン放送までオードリ―の出待ちに行った。
オールナイトニッポンの放送時間は深夜1~3時。
放送を終えたオードリーの2人が外へ出てくるのは3時過ぎなので、ひとまずは24時間営業のファミリーレストランに集合し、放送終了まで時間をつぶすことにした。
ファミレスは混んでいた。店の入り口に3~4組は待っていただろうか。私は「男2人組+その男たちにナンパされてついてきた女」の3人組のグループの隣の椅子に座ってVAIOを開いた。友だち2人はまだ着かないらしい。それもそうだ。私は気持ちが先走って予定より30分も早く店に着いていたからだ。
「チャラついた男女がいてムカつく まだ席が空くの待ってる状態です」とグループにLINEを送り、イヤホンをつけて「福山雅治のオールナイトニッポン」に耳を澄ませる。
オードリーのオールナイトが始まるのは、この番組の後だ。
突然目の前のエレベーターが開いた。メガネをかけて、ちょっと青白い顔をした男が立っている。そいつと目が合い、お互いをジロジロ見てニヤっとした。「○○さんですね?」メガネの男も同じようにニヤりとしてうなづいた。実は男友だち2人のうち、一人とはまだネット上のやり取りだけで実際には会ったことも顔を見たこともなかった。しかし瞬間的に悟ってしまったのだ。「同じ匂いがする」と。
ほどなくするとテーブルが空いたので待機用の椅子から立ち上がり移動してひとしきりお笑いの話をした。そのとき初めて「自分はこんなにもデカい声が出る人間だったのか」と驚いた。好きなものの話を誰かとはしゃぎながらするなんてものすごく久しぶりのような気がした。
3人目の男も到着し、いよいよオードリーのオールナイトニッポンが始まる深夜1時になろうとしていた。私はいつも持ち歩いているパソコンを取り出してコンセントにプラグを差し込み、Wi-Fiをオンにしてインターネットラジオ「radiko」を開いた。もちろん、高性能イヤホンも忘れていない。本当はでっかいラジカセを一台ボンとテーブルにおいて3人で耳を澄ませて聴くというオールドスタイルが理想(タイムラグもないし)だが、周りにお客さんもいるので音漏れが心配だ。それにラジカセに3人で耳をつけてそれぞれが別の方向を見上げながらニヤニヤしている光景などあまり気持ちのよいものではない。
1時の時報の音を聴く。2人は黙って若林のオープニングトークに聞き入っていたが、私はオードリーについてもっとトークしたかった。「今の話ってさあ…」と話しかける度に2人がイヤホンの片方を外して私の方を見る。それがなんだか申し訳なくなったので私だけドリンクバーに何度も行ったり、ご飯を食べたりトイレに行ったりして時間を潰すことにした。目の前にお笑い好きが二人もいるのに話が出来ないのは辛かった。3人とも黙っていた。目を閉じている者もいた。水を注ぎに来てくれる店員さんももう来なくなった。隣のテーブルの若い女たちは眉をひそめていた。
2時40分になった。私は悠長にトイレに入っていた。戻ると一人が貧乏ゆすりをして苛立っていた。「そろそろ行くぞ」
持ち物を慌ててリュックの中に詰め、ノートパソコンだけは開いたまま手に持って外へ出た。少し雨が降っていた。
ニッポン放送裏の駐車場のようなところに着いた。あまり年の変わらない、20代前半くらいの男女が5,6人はいただろうか。警備員が「それ以上近づくんじゃねーぞ」と目を光らせている。
「来たな」
「ついに」
「もうすぐ見られるんだな、二人を…」
腕時計を何度もチラ見してはソワソワする。「緊張する~」と声が出てしまう。
冷たい霧雨が機械を壊してしまわないよう、ノートパソコンを腹で抱えて覆う。
3時を回り、放送が終わった。裏口が開いて人が出てくる。出待ちの若者たちの間にさざ波のような「ざわ…ざわ…」という声が起こったが、出てきたのは放送作家などのスタッフのようだった。距離が思いのほか遠くて顔もよく見えない。
わたしはずっと手に持っていたノートパソコンをとっさに前に出した。
「若様」とペイントで描いたものだ。
本当はジャニーズのコンサートみたいなウチワを作って持参しようと思ったのだが、材料を買いに行く時間がなかったし、暗闇でも発光するパソコンの画面のほうがよく見えると気づいたのだ。
スタッフの人たちが私を見て笑っている気がする。「痛いファンの女だ」と思われたかもしれない。きっと思われただろう。
ふいにドアが開き、スタッフよりも一回り大きな体が現れた。
「春日さんだ!」「でけーな」と控えめなラジオっ子たちが一斉に騒いだ。
春日は待機していたタクシーにするりと入り込み、阿佐ヶ谷の家に帰らんとしていた。すると女の子が2人くらい駆け寄った。タクシーの窓が開いて、女の子から何かを受け取り礼を言う春日の横顔がうっすらと見える。どうやら女性はプレゼントを渡していたようだ。彼女たちは毎週ここにきて春日に何かをあげているのだろうか。「私もプレゼント等を持ってくればよかった」と激しく後悔していると、今度は「お疲れさまでーす」という軽快な声が聞こえてきた。若林だ。
さっきよりも一層ざわつくラジオっ子。「若林さーん!」と皆で声をかけるも駐車場の奥へと消えていった。出待ちたちが動いたので、「みんな帰るのかな?」と思った。
「早く来い、若林の車が出てくるぞ!」とせっつかれ、「ああなるほど」とドキドキしながら歩道に沿って横一列に並んだ。わたしはノートパソコンを頭上に掲げて持った。雨はもう、止んでいた。
ロケバスのような大型の車が出てきた。若林さんのランドクルーザーだ。私たちの目の前を通り過ぎる瞬間、「よっ!」みたいな感じで手を挙げてくれた。
「ああああ」
「うおおおおおお」
「わかばやしー!」
その後は放心状態だった。
気づいたら3人とも、人気のない有楽町のど真ん中に突っ立っていた。
「わたしたち、どこに向かってるの?」
「あっ本当だ」
「とりあえず…居酒屋とか入ろうか…」
廃墟みたいなビルのエレベーターで2階へ上がる。暖色系の照明が光る店内に入ると、少しずつ気分も落ち着いてきた。
「最高だったね」
「そうだね」
ボーっとして注文するのを忘れている私たちに店員が不審な目で近づく。慌ててメニューを開き、「山崎ハイボール」を頼む友人。酒なんかどうでもよかったのでとりあえず同じものを私も注文した。
「もし自由に芸人をラジオパーソナリティーにキャスティング出来るとしたら、誰を呼ぶ?」
とラジオの話は尽きない。皆で話しているようで、それぞれが心の中でさっき起こった情景を反芻していた。
「山崎ハイボール」が予想していたよりずっと強いお酒だと気づいたのは、飲み始めてからしばらく経った後だった――――――――
「オードリーのオールナイトニッポンにメールを出してみた」記事↓