わたしが「相席屋」を訪れたのはプラトニックな出会いが欲しかったからでもワンナイトなカーニバルを楽しみたかったからでもない。読者のこんなコメントがきっかけである。
「『相席屋』という、見知らぬ男女が一緒のテーブルについて一期一会の出会いを楽しむ居酒屋が気になっています。でも行ってみる勇気が出なくて踏み出せません。暇女さんに行ってもらってどんな感じかブログに書いてもらえたら嬉しいです」
その時は『なんかいかがわしい』とビビッてしまいほっといたのだが、相席屋がテレビに取り上げられてからは「ぜひ暇女さんにレポートしてほしい」という読者の声が続々と届くようになった。わたしも「暇な女子大生の中の人」として相席屋には遅かれ早かれ行かなければならないだろうと感じ、年の近い女の子を誘って相席屋に馳せ参ずる計画を立てた。しかし当日急に女の子から「お腹が痛くなったので今日はやめよう」と連絡が来た。とても繊細な女の子なのできっと相席屋から滲み出る胡散臭さに対して身体が拒否反応を起こしたのだろうと思う。同じく緊張で吐きそうになっていた私はホッと胸を撫で下ろした。
そうしてまた月日が流れ、季節は秋から冬になった。
わたしはその時、北九州にある松本清張記念館にて松本清張の偉大さを実感していた。
『いつかは彼のように芥川賞をとって有名になり、私に「存在感がないね。」と言った小5の時の藤本くんを見返してやりたいものだな』
「松本清張のホクロは右眉じゃなくて左眉だったよ」と知り合いの30代男性に伝えるためiPhoneを取り出すとキャバクラ嬢のHからLINEが来ていることに気づいた。
「相席屋いかない?」
行かねば
相席屋は大変繁盛しているらしく、東京には現在「歌舞伎町店」「渋谷南口店」「池袋西口店」「六本木店」「錦糸町店」「赤羽店」「町田店」「上野店」「南池袋店」「吉祥寺店」がある(「赤坂店」も2月17日にオープンしたらしい)
「赤羽はクレイジ―なピープルが多いデンジャーゾーンだから近づかない方がいい」と言うHの言葉を信じて赤羽店は避ける。お互いの家からそんなに遠くないところにしようということで「歌舞伎町」「渋谷」「池袋」に絞られた。この三つの中で一番客層がまともな気がする渋谷店に行くことにした。
存在感がないわけじゃない。目立たないように気をつけていただけだ
当日の夜、ユニクロで買った紺のパーカーと無地の灰色スカート、黒タイツにペタンコブーツという何の気合いも感じられない私を見て寒い冬でも生足ワンピース10cm
ピンヒールのHは『ふっ』という顔で笑った。
渋谷南口店はマークシティからほど近いところに位置している。緊張した気持ちを溶かす間もなく店内に侵入。
男ばかりの店内にごく僅かの(酒目当て、またはボランティア精神の強い)女の子がいて、女の子のいるテーブルを女の子がいないテーブルの男どもが恨めしそうに睨んでいるという地獄絵図を想像していたのだが、実状は全然違った。
どのテーブルにも女の子が、しかも結構レベルの高い(少なくとも私よりは可愛い)女の子がぎっしり詰まっていた。高い仕切りがそこココに張り巡らされているので、自分のテーブルの異性と他のテーブルの異性を見比べるという行為もそんなに出来ない。
入り口で少し待たされた後テーブルへ案内された。
女性は無料、男性は有料、尊敬するのはふかわりょう
一応ここで相席屋の料金システムを説明しておく。
【男性の場合】
相席してない時は頼んだ分だけのお金がかかる。つまり普通の居酒屋の料金システムと同じ。チャージ料はかからない(お酒・ソフトドリンク一杯500円)。
目の前に異性が座って相席が成立したら、その瞬間から自動的に飲み放題に変わる。飲み放題は30分ごとに1500円。
↓
例)男性が入店して女性を待つ間2杯酒を頼んだとする。その後女性が席について3時間楽しく過ごすとすると料金は500×2+1500×6で10000円になる。
*ドリンクのみの場合。食べ物は別途お金がかかる
【女性の場合】
相席してない時(女性の比率の方がやはり低いので入店と同時に相席になる確率は高いが)お酒をいくら頼んでも料金は発生しない。チャージ料もモチロンかからない。
目の前に異性が座って相席が成立したら飲み放題に変わるがやはり料金は発生しない。
↓
例)女性が入店して男性を待つ間2杯酒を頼んだとする。その後男性が席について3時間楽しく過ごすとすると料金は0×2+0×6で0円である。つまりお酒だけならいくら頼んでも無料。食べ物を注文すれば別途お金はかかる(男性に頼んでもらえば無料で食べられるかも)。
聞こえてくる。男性諸君の声がPCの無機質な画面を通して聞こえてくるようだ。「あほか!」「いい加減にしろ」「舐めてる」「不公平だ!」
私もそう思う。
「こんな料金システムで男がホイホイ寄ってくると思ったら大間違いだ!」と貴方は言うだろう。しかしホイホイ寄ってくるのである。その日は土曜日だったということもあって女性と相席したい男性が店の外まで大行列を作っていた。
相席エピソードに辿り着くまでに書いた文字、2163文字
前置きと説明に多くの時間を費やしてしまったが、とにかく私とキャバ嬢のHはテーブルに案内された。
案内された先にいたのは、若さとインテリジェンスを兼ね備えたメガネ男子2人組であった。
暇「どどどどどうも初めまして!よよよろしくお願いします・・・!」
「よろしく~」
H「どうも~」
「ふたりとも、相席屋に来たのは初めて?」
暇「ははははい!初めてです・・・!」
H「初めてだよ~」
(Hは赤羽店に行ったことがある。)
「彼氏とか、いるの?」
暇「いいいいません!ずっといません!」
H「いるよ~」
「彼氏いるなら何で相席屋きたの?」
H「なんていうか、ネタのため?」
「へえ」
「ま、俺たちも」
「ネタのためだけど。」
会話は、弾まなかった。相席屋の独特の空気に圧され、思いがけずまあまあ好みの眼鏡男子にイキナリ出会ってしまった私は目の前の男性よりも机の下と虚空を見つめる時間の方が長かった。Hは2人にそこまで興味はないようだった。というかタイプじゃないみたいだ。
イタイワニまで借りたのに盛り上がらなかった。イタイワニや黒ひげ危機一発などの楽しいゲームセットは店が無料で貸し出してくれる。店内の照明は暗め。
「テーブルの熱を下げてはならない」という謎の使命感に襲われた私は、テコ入れのために「ドぎつい下ネタを言い続ける」という暴挙に出た。地球の温暖化と反比例するように渋谷・相席屋の5番テーブルの温度はドンドンドンドンと下がっていった。
「俺たち、そろそろ出るわ」
しかし、その後彼らが他のテーブルで女の子と楽しそうに喋っている姿をトイレに立ったHが見つけている。
相席第2ラウンド
H「さっきのふたりってさ・・・」
暇「うん・・・」
H「普通だったね」
暇「普通だったよね」
H「なんかもっとこう・・・変なやつ来ないかな?キモオタとか、とんでもないやつ」
暇「まあウチら、まともな客多そうだからって理由で渋谷店に来てるからね」
暇「まあ、さっきの人たち、顔は好みだったけどね」
暇「顔は、好みだったけどね」
「だと思ったよ。好きだもんね、ああいうちょっと地味でインテリっぽいメガネ男子・・・」
店員「二組めの男性のお客様ご到着です!」
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